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私の憧れの人は破天荒

このごろ、ふと思い出し笑いをすることがある。時には厳かな場においても。笑いが止まらない。別のことを考えてみたり、せきをしたりしてその場をごまかすのだけれど。これまでの苦しかったこと、楽しかったこと、時々思い出す今日このごろ。今回は私の回想録、そして憧れの人の話。

2009(平成21)年に両親が経営していた会社を引き継ぎ、松ヶ岡開墾場に毎日通うことになった。正真正銘の零細企業である。経営は本当に大変で、特に冬期の資金繰りには四苦八苦したが、楽しいこともたくさんあった。両親が大切にしてきた松ヶ岡、そしてギャラリーまつの企画展、イベント。作家さんや多くの人々との出会い。その中でも今日はIさんの話がしたい。

Iさんは福岡県在住、奥さまは作家さんで「元気!パワフル!」と背中に書いてあるような人。Iさんは福岡で会社を経営していて「破天荒!」と書いてあるTシャツが似合いそうな人である。最初に会ったその日から気に入っていただけたのか携帯電話の番号を交換し、時々電話がかかってくるようになった。

季節は冬。大雪。資金繰り。は~と溜め息をついていると電話が鳴った。Iさんである。電話に出ると「そちら天気はどげんね?」。「すごい雪が降っているんですよ、もう嫌になるくらい」と私。Iさん「福岡は快晴ばい。雪そんなに大変か?福岡で、よかった。頑張れ!」。ツーツーツー。何だ、この電話はと思ったけど。後から笑いがこみ上げてきた。

「福岡で、よかった」というのがとてもIさんらしい。多分、冬ふさぎ込んでいる私を心配して電話をくれたのだと思う。きっと、そう。毎年冬が近づくとこの時の電話を思い出す。そして、思い出し笑いをすることになる。

そんなある日、「冬の間は暇やろ?」とIさんに呼ばれて福岡へ。観光気分でお邪魔したら、初日の夜はIさんの会社が主催するパーティに来賓として招待された。何というサプライズ。しかも、政治家の先生方や財界の方々。400人は集まっていた。事前にちゃんと言ってよとこの時ほど思ったことはなかった。400人を前に紹介されて、急にスピーチを振られた。この時の経験があるから、大勢の前でも緊張せずに話ができるようになりましたよ、Iさん。

話はここで終わらない。それから数日間、Iさん宅でお世話になったのだが、毎朝5時半には起床、車で出掛け6時半には不動産関係の方と朝食、その後エンドレスでIさんと一緒に企業の社長さん巡り。その数、1日十数軒!毎回、「この方は荘内藩酒井家の第19代となる方で…」最初から最後まで同じ話が展開される。一言一句覚えてしまうくらい(実際に覚えた)。観光気分が最終的には修行している気分になった。実はIさんはこの時、将来私のお客さまになりそうな方々を紹介してくれていたのだと後で気付いた。

そして、以前、松ヶ岡でも忘れられないことがあった。ちょうどIさんとお茶をしていた時に、店に車が突っ込んできたのである。周囲は騒然となったのだが、誰よりも真っ先に店を飛び出し、その車に向かって行ったのはIさんだった。そして、周囲の安全確認からドライバーの無事、お客さまの無事を確認し、「皆けががなくてよかった。交渉も終わったから。何も心配することはない」とIさん。とても頼もしいけど。この店の経営者は私だ。まあ、いいか。ブレーキとアクセルの踏み間違いが原因の事故だったようで、ドライバーの方も大変恐縮されていた。皆さん、無事で本当によかった。

とにかく、Iさんの行動力を見習いたい。何があっても動じず、破天荒に信念を曲げずにやり遂げる。相手を思いやり、その優しさで苦楽をともに包み込む。私の憧れの人。近年、第一線を退かれたIさん。その声がまた聞きたくなった。今度は私から「鶴岡で、よかった」って伝えたい。

 2019年(令和元年)10月13日(日曜日)山形新聞 総合2面 日曜随想11-⑨